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最高裁判所第二小法廷 昭和46年(オ)47号 判決 1971年12月10日

上告人

鈴木三雄

上告人

松本忠男

両名代理人

保坂治喜

被上告人

岩佐テルエ

代理人

田山勝久

主文

原判決を破棄する。

被上告人の本件控訴を棄却する。

控訴費用および上告費用はすべて被上告人の負担とする。

理由

上告代理人保坂治喜の上告理由第一点ないし第六点について。

原審は、

(一)  被上告人と上告人鈴木三雄(以下単に上告人という。)との間には、昭和三九年一一月七日浦和地方裁判所において、

(1)  上告人は被上告人に対し、同日かぎり本件建物に対する昭和三八年二月一一日付代物弁済予約による所有権移転請求権保全の仮登記に基づく本登記手続をすること(第一項)。

(2)  上告人は被上告人に対し、一、九六七、六五〇円の債務のあることを認め、昭和四〇年七月末日かぎり、代理人田山勝久の事務所に持参して支払うこと(第四項)。

(3)  上告人が右債務金のうち一、三〇五、〇〇〇円を支払つたときは、被上告人は上告人に本件建物の所有権を移転し、ただちにその登記手続をすること(第五項)。

という条項を骨子とし、ほかに、上告人は被上告人に対し、本件建物の現場写真四枚をすみやかに提供すること(第六項)、上告人が各和解条項に違反したときは、なんらの異議も留めず、本件建物より即時退去してこれを明渡すこと(第八項)などの付随条項を含む裁判上の和解が成立した旨、

(二)  被上告人は、右和解条項第一項に基づいて、本件建物について、前記仮登記に基づく所有権移転登記手続を了した旨、

(三)  上告人は、昭和四〇年七月二八日、前記和解条項第五項に基づいて、同項所定の田山弁護士事務所において、同項所定の金員を弁済のために提供し、本件建物の買戻の意思表示をしたが、拒絶されたので、同月末日右金員を弁済のため供託したうえ、右建物につき、自己のため所有権移転登記手続を了した旨

の各事実を確定しながら、上告人は、被上告人の度重なる催告を受けながらも、和解条項第一項に定められた登記手続を履行せず、被上告人が立て替えて支払つた登記費用(原判決は、これは上告人が負担する約束で、右和解契約の一部に含まれているものと解すべきであるとする。)の支払をせず、和解条項第六項所定の事項を履行せず、前記全債務金の弁済期のわずか三日前の同月二八日にいたつて、前記のように一、三〇五、〇〇〇円だけの弁済提供をしても、債務の本旨に従つた正当な弁済の提供とはいえない、したがつて、被上告人がその受領を拒否したのは正当であつて、右弁済供託は無効であり、前記和解条項第八項により本件建物の所有権は完全に被上告人に帰属したものであると判示し、右買戻の有効なことを前提として被上告人に対し本件建物の明渡を求める上告人の本訴請求を排斥し、かつ、本件建物に対する上告人名義の所有権移転登記の抹消登記手続、および右所有権移転登記を基礎として上告人松本忠男のためにされた原判決主文第四項(一)ないし(三)記載の各登記の抹消登記手続を求める被上告人の反訴請求を認容している。

しかしながら、裁判上の和解の内容および効力については、原則として、和解調書に記載されたところから、これを判断すべきであり、和解調書に記載されなかつた債権債務を和解条項中の債務と関連させてその効力を論ずるが如きことは許されないものというべきである。本件において、前記認定の和解条項によれば、上告人が昭和四〇年七月末日までに被上告人に対し、第四項の債務のうち一、三〇五、〇〇〇円支払つたときは、被上告人は上告人に対し、本件建物の所有権を移転し、ただちにその登記手続をする旨定められているに止まり、その間格別の制約は規定されていないのである。そして、原審の確定するところによれば、右のような和解条項が成立した経緯としては、当時、上告人において第四項所定の債務を弁済する資力がなかつたため、これを担保する趣旨で、いつたんは被上告人に右建物の所有権を移転するが、その後上告人において、これを買い戻して他に売却処分し、その売得金をもつて右債務を支払うこととし、その売却処分を容易にするためには、上告人が右債務の前記内金を支払つたときは、その所有権を上告人に移転させようとするにあつたというのであるから、前記の条項は、まさにその文言のとおり解釈してこそ当事者の意思に合致するものといわなければならない。そうであれば、本件和解条項第一項に基づく移転登記をする場合、その費用の負担者がいずれの側であるかの問題は、本件和解の効力を左右するものではなく、その費用を上告人が負担しないからといつて、上告人に本件和解条項の不履行があるとすべきではない、原判決は、上告人が本件和解条項第五項の金員を提供したことが、債務の本旨に従つた弁済の提供ではないとし、その理由として、右登記費用の不払のほか、上告人が和解の第一歩ともいうべき第一項所定の登記手続をせず、また、第六項所定の事項を履行しなかつたことをあげるが、第五項所定の金員支払までの間に右第一項および第六項の違反があつたとしても、これだけで上告人の和解条項第五項所定の権利が失われる趣旨と解することのできないことは、原判決も説示するとおりであつて、同人の右態度に徳義上非難さるべきものがあるか否かは別として、このような事情をもつて、同人の第五項の債務の履行がその本旨に従つたものではないと断ずることはできない。また、その提供の時期が、履行の期限まであますところ三日であつたとしても、和解条項には特段の定めがないのであるから、これを信義に反する提供であるとして、その効力を否定することは許されないのである。

以上、説示したところからすれば、上告人が昭和四〇年七月二八日被上告人に対し、本件和解条項第五項所定の債務の弁済として、一、三〇五、〇〇〇円を現実に提供したことは、同項所定の債務の本旨に従つた弁済の提供というべきであり、その受領を拒否すべき正当な事由は見出し難いから、被上告人がその受領を拒否したことを理由とする上告人の右金員の弁済供託は有効であり、これによって同上告人は前記和解条項の規定に従い、本件建物の所有権を取得したものというべきである。したがつて、以後本件建物を占有すべき権原について何らの主張をしない被上告人は、上告人に対してこれを明渡すべき義務があるものというべく、逆に、被上告人は、右建物の所有権を主張して、上告人らに対し、これに対する前記各登記の抹消登記手続を求めることはできないものというべきである。右と同旨の見解のもとに、上告人の被上告人に対する本件建物の明渡請求を認容するとともに、被上告人の上告人らに対する前記各登記の抹消登記手続を求める請求を棄却した第一審判決は正当であり、被上告人の本件控訴は理由がないから、右控訴はこれを棄却すべきものである。したがつて、これと異なる見解のもとに、右控訴を理由あるものとして、被上告人の前記請求を認容し、上告人の前記請求を排斥した原判決は、本件和解の効力に関する法令の解釈適用を誤つたものというべきであり、この違法は、原判決の結論に影響することが明らかであるから、論旨はこの点で理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件は、原審の確定事実に基づいて裁判を為すに熟するものと認められるから、民訴法四〇八条一号、三八四条一項に則り、原判決を破棄したうえ、被上告人の本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担については同法九六条、八九条を適用して、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(小川信雄 色川幸太郎 村上朝一 岡原昌男)

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